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鍼灸治療の歴史について

11/5/26 
鍼灸について書かれた最初の書物

鍼灸成立時期には諸説ありますが、書物に鍼灸が登場するのは 古代中国の殷王朝・周王朝(紀元前1500年〜700年頃)時代、黄帝とその家臣による問答を記述したと云われる世界最古の医学書「黄帝内経」(紀元前1200年頃といわれています)の霊枢編に詳しく記されています。

当時、医学がよりどころとする考え方は、陰陽五行説という自然哲学思想で、こうした医学書の中にも色濃く残されています。

何故に漢方というのですか?

古代の中国において、揚子江流域やその南方の地質が豊かでさまざまな植物が茂った所では、植物の根や皮・木・草等を採集して煎じて飲む「薬」としての治療法が発達しました。

一方、黄河流域は土地が痩せて植物の種類も少なく、経験的に鍼灸治療法が発達したと言われています。

この2つの医学は、中国の漢の時代にまとめられたので、今日、漢方医学と呼ばれています。

鍼灸はこのあと飛鳥時代に渡来して以来、明治時代の初期までの長い間、漢方薬と共に医学の主流として広く日本人に活用されてきました。

日本に伝えられた医療のはじめ

最古の史書である古事記(712)と日本書紀(720)には、古墳時代中期(390−500)に朝鮮から「良医(くすし)」や「医博士(くすりのはかせ)」が来て、日本に医療を伝えた事が記されています。

まさに時代は邪馬台国や女王卑弥呼の頃…。

仏教伝来と鍼灸治療


鍼灸術は随・唐医学とともに古くから日本に伝えられました。
黄帝内経の流れを汲む鍼灸の伝来は6世紀の初め、飛鳥時代の欽明天皇(552年)の時、中国(呉)から「鍼灸明堂図」などの医書がはじめて日本にもたらされた事より始まるそうです。

鍼灸術は、宣化三年538年の仏教伝来より少し遅れて伝わったそうです。しかし漢方薬より先に渡来したそうです。以来鍼灸術は、寺院を中心に日本に根付くことになります。

仏教伝来により建立された七堂伽藍の中には「温堂(おんど)」と呼ばれる風呂場があり、湯浴みをし、健康を保つといった風習がありました。その湯上りの後にお灸をするのが、史実にも残されています。

仏教もキリスト教を始めとするほかの宗教と同じように、病人や貧者を救済することで布教していった事が理解できます。

この頃の医師の養成についてですが、13〜16才の医師の子弟を医学生に選び、定員40名、修学期間は内科・鍼灸7年、外・児科5年、耳・目・歯4年、按摩・呪い3年、毎年厳しい試験を行い、9年で卒業出来ない者は退学させられたそうです。

今も昔も医療関係の仕事には、厳しい試験が待ち構えているようです。


平安時代の日本最古の医書

平安時代の永観2年(984年)には、わが国最古の医書といわれる「医心方」(丹波康頼著)が完成し、鍼灸のことが書かれています。

「医心方」は仏教とともに日本に伝わった数1000年の歴史を持つ隋や唐の医書約80冊から大切な部分を日本的にアレンジし、内科・外科・婦人科・産科・小児科・食養法・針灸など30巻まとめた医書です。


鎌倉時代〜室町時代

鎌倉・室町時代は「僧医」という言葉もあるくらい仏教医学が盛んになった時代です。

宗教が盛んな時代で、中国から医師を招いたり、中国に留学生を送ることで、積極的な学術交流がなされました。そのような背景もあり、僧侶の中に東洋医学や鍼灸医術を得意とする人たちが多く生まれました。

当時の中国は、灸に代わって鍼が主流になっていましたので、わが国には鍼療法が広く普及した時代でもあります。おそらくこの頃に、いろいろな種類の鍼の技法(九鍼)がもたらされたものと思います。

鍼療法が広く普及したとはいえ、灸療法も廃れることなく依然として盛んに行われた時代でもあります。
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